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ジャズ・レコードをAから聴き直す企画 [ジャズ]

 田植えも終わり、家の周りや休耕地の草刈も一通り済んでほっとしていたら、さわやかな五月ももう月末なんですね。雨上がりの朝、外へ出て感じる湿気に、来たるべき梅雨を思ったのは気の回しすぎでしょうか。我が部屋からは鳴らし放しにしている音楽が漏れ聞こえ、そのギターの調べに訳もなくセンチメンタルになります。



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 五月の連休に植えた夏野菜たちも今のところ順調に育っています。トマト、ナス、キュウリ、カボチャ、スイカ、ピーマン、オクラ、シシトウ、トウガラシなど毎年同じ顔ぶれなのですが、今年はcafelamamaさんがいつもたくさん収穫していたミニトマトに挑戦してみました。

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 すでに花が咲き、実がなっているのはミニトマトです。大玉トマトはまだ花が咲いたのが少しある程度ですが、ミニトマトは成長が早いのです。 

 ミニトマトは野菜栽培をはじめた頃作った事がありますが、あっという間にたくさん成って手に負えなくなってやめてしまいました。それ以降、トマトは大玉と中玉に徹していたのですが、食卓をいつもトマトの赤い色で満たしたくて、再挑戦することにしました。


 冬の間、私の中で火が消えたようになっていたジャズですが、ダイアナ・クラールのコンサートに行ったあたりからまた復活し始めて、このところとくにおいしく聞こえるようになってきました。

 以前、或る方のブログ記事で、ロック・ポピュラーの持っているレコードを片っ端から全て聞くという計画をお読みして、面白い、自分でもやってみたいと思ったことがありました。ところがその後一枚も実行せずすっかり忘れていた頃、今年の2月でしたか、何年がかりかで見事完遂されたと言う記事を読みました。

 この企画を面白いと思ったのは、私の場合、レコードをたくさん持っていても、いざかけるとなるとついよく知っているレコード、お気に入りのアルバムばかりかけてしまうからです。その結果、たくさんのレコ-ドが棚の肥やしになったままです。

 とくに若いときに買ったレコードはともかく、ここ10年あまり中古レコードの安さに誘われて、買いまくったレコードというのは、集めることに満足してしまいあまり聞かずにいた気がします。

 前にも言ったことがあるのですが、レコードはジャンル別に分けて棚に収納しています。ジャンルごと、そして並べ方は大まかに演奏者の名前のアルファベット順です。

 まずは一番たくさん所蔵していて、最近とくにまたおいしくなってきたジャズから聞き始めることにしました。聞き終えるまで何年かかることやら、でも私の場合、完遂するのが目的ではありません。片っ端からレコードを順番に聞くことによって、新しい発見、出会いがあればよいのです。

 と言っても聞き始めてもう3ヶ月ほどになるのですが、まだA行です。アート・テイタムからアート・ブレイキーはようやく過ぎて、今はやっとアート・ペッパーを聞いています。アート・ペッパーのレコードでも再発見あったのですが、まずはアート・ブレイキーのことでも今日は書いてみます。

 アート・ブレイキーと言えば、やはりジャズ・メッセンジャーズです。1960年代には何度も来日して熱狂的な人気を獲得したそうですが、その頃私はまだ子供でジャズのジも知りませんでした。

 「アート・ブレイキーとジャズメッセンジャーズ」と一口に言っても、その中身には当然時代によって様々な変遷があり、メンバーもめまぐるしく替わっています。

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 ジャズ・メッセンジャーズで一番有名なのが、アルバム「モーニン」でしょうか。リー・モーガン(tp)、ベニー・ゴルソン(ts)、ボビー・ティモンズ(p)、ジミー・メリット(b)、アート・ブレイキー(ds)と言う顔ぶれです。 

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 アルバム「モーニン」に引き続き、有名なフランスでのライブ盤、「サンジェルマンのジャズ・メッセンジャーズ」を聞こうとしたらvoL.1.とvol.3があって、voL.2が我がライブラリから抜けていました。欠けているのを知ると、揃えてみたくなるのが男子というもの(いや、女子もそうかも知れませんが)、しかもこのシリーズの中ではvoL.2の演奏が一番有名だと聞きます。

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 こちらがvoL.2です。比較的よく出回っている人気レコードなので、ヤフオクですぐ見つかり、簡単安価に購入することが出来ました。

 ところでジャズ・メッセンジャーズ、元々はピアニストのホレス・シルバーとアート・ブレイキーが創設したグループでしたが、後、ホレス・シルバーが抜けてもアート・ブレイキーがその名を使いつづけたのだそうです。発足当時は、トランペットがケニー・ドーハム、テナーサックスがハンク・モブレイ、と言うこれまたそうそうたるメンバーでした。


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 こちらはアート・ブレイキーとホレス・シルバーがジャズ・メッセンジャーズを創設する前に、組んでいたユニットで、名前こそジャズ・メッセンジャーズではありませんが、原点ともなる組み合わせと演奏です。トランペットにはクリフォード・ブラウン、アルトサックスがルー・ドナルドソンです。

 このLPは以前は私の中ではクリフォード・ブラウンのカテゴリーの中に入れてあったお気に入りなのですが、「バードランドの夜/アート・ブレイキー」のタイトルにちなんで今は、アート・ブレイキーの項目に入れています。

 1954年録音、ハードバップの黎明期です。その時代の熱気がほとばしる快演ですね。ライブ盤だけによけい伝わってくるものがあります。

 我がステレオで聞いていてもっと迫力が欲しくなりました。思えばこのところ聞いているのはモノラル録音のレコードばかりです。それで、これも久々にプレーヤーのカートリッジをDENONのDL-103LC2からモノラル専用のDL-102に交換しました。

 正面から図太い音が溢れる熱気とともにほとばしってきます。 



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風薫る5月に [日々]

 日曜の午後、お気に入りの椅子に寝そべるように腰掛けてデクスター・ゴードンを聞いています。私の正面には、お気に入りのスピーカー、JBL4312Dがあります。そしてその向こうにはブラインドを上げた大きな窓、外は五月の光りが溢れていて、すっかり若葉になった桜の葉が風に揺れています。


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 今日は、朝から営農組合の田植えの出役でした。暑さが懸念されましたが、野面には気持ちの良い風が吹いていて、屋外の作業には気持ちの良い一日でした。

 田植えと言っても、個人でしていたときと違って、今は大きな圃場に大型機械が導入されています。私たち一般組合員は苗を運んだり、苗を田植え機に渡したりする補助作業をするだけです。


2016-05-15 09.33.48.jpg 畦に並べられた苗

 営農の田植えは田植え機のオペレーターや苗箱を洗ったりする人も含めて6.7人で取り組みます。私は例年苗渡し役です。作業自体は単純なのですが、一日立ったりかがんだりの連続、翌日には筋肉痛に見舞われます。

 今日も作業のきつさを覚悟して集合場所に行きました。ところが迎えてくれた田植え機オペレーターのN君がそんな私の心を見透かすように、「そらへいさん、せっかく張り切ってきてくれたんですが、今日は午前中で終わる予定です」と言うではありませんか。「え、それは残念やなぁ」と返しながらも思わず笑みがこぼれてしまい、二人とも大笑いでした。


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2016-05-15 09.24.52.jpg 水路沿いを走る電車も緑色です

 今年は苗の生育が良すぎて、田植えの進行が例年より一週間早まったのだそうです。午前中に終わるのなら、身体も楽だし昼からはゆっくり出来ます。よしとばかり張り切って作業に取り組みました。

2016-05-15 09.25.30.jpg 畦に咲く黄色い花はカタバミ。いつも田植え時期に咲く隣のナガミヒナゲシはもう終わりです。

 私は2月頃から、生活習慣病克服のため少し体重を落としています。おかげで、身体が軽いのです。ストレスなく身体が良く動きます。でもあまりの軽さについオーバーペースになったのでしょうか、2時間ほどしたら身体の調子が少しおかしくなりました。足元の悪いところで踏ん張ったりしたせいもあると思います。軽く立ちくらみが出始めて、少しペースを落とすことにしました。

 体重を落として動きに切れが出てきたのは良いのですが、瞬発力や持久力には悪い影響が出ているかも知れません。それからはだましだまし動きました。気持ちは若いつもりですが、65歳目前、身体は正直です。あまり無理は出来ませんね。


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 田植え機は故障もなく順調です。一度に8条を植え、ぬかるんだ圃場の中を走るスピードとは思えない速さで行き、大きな圃場もあっという間に植えてしまいます。

 私たち苗渡し役は、田植機が動いている間に軽トラから苗を下ろし畦に並べ、渡す準備をしておきます。そして、田植え機が畦に戻ってくると、いっせいに苗を渡して田植機に積み込みます。

 今の田植機は多機能で、田植えすると同時に肥料と除草剤などもいっしょに散布します。その補給ももちろん苗渡しと一緒にしなければいけません。

 大きい圃場ですと苗の積み込みに時間はかかりますが、一度植えに出て行くとしばらく帰ってこなくて、その間少しだけゆっくり出来るのですが小さな圃場はすぐ帰ってくるので休む間もなく苗の補充をしないといけません。

 何とか午前中に作業を終えてしまおうと、後半の作業はかなりタイトでした。休む間もなくと言う言葉が当てはまるのですが、その後、体調の異変もなく、何とか午前中で作業は終わりました。

 今年の田植えは今日で終わりです。私たち出役者は、やれやれと自転車を置いていた所に戻りました。自転車の前カゴにはペットボトルのお茶を入れたナップザックがあったのですが、お茶を飲むのも忘れていました。

 口々に後半はきつかった、あのペースで一日作業したら、持たなかったなぁ、などと語り合いながら、それぞれ自転車に乗って家路に着きました。 





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実はボブ・ディランを・・・ [音楽]

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 4月7日にたいへーさんがボブ・ディランの記事をブログにアップされたときは、私の行動を見透かされているような気がしてどきっとしました。その頃、すでにボブ・ディランの来日コンサートツアーは始まっていて、私がチケット購入していた大阪追加公演は一週間後に迫っていたのです。

 ボブ・ディランは60年代から70年代、フォークブームの立役者であり、反戦、反抗の旗手として神格化された存在でした。その頃青春時代を過ごした私は、当然ジョーン・バエズらとともに影響をうけました。

 しかし、バエズにしてもディランにしても60年代から70年代にかけてよく聞いただけで、その後のことはあまり知りません。高いチケット代を払ってまで行くべきか迷っていました。しかもチケットもSSしか残っていなかったのであきらめも付いたのです。

 ところがダイアナ・クラールのコンサート会場で追加公演が決定したことやチケット優先販売のコマーシャルがあり、つい勢いで申し込んでしまいました。


 当日、少し早めに家を出て、いつものヨドバシカメラで時間つぶしてから中之島にあるフェスティバルホールへ行きました。フェスティバルホールに来るのは初めてのことでした。

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 地下鉄四つ橋線、肥後橋駅で降りて地上に出てみたら、そこには高層ビルが林立していました。どれがフェスティバルホールのあるビルなのか。

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 高架下を通ってその向こうにあるのがどうやらフェスティバルホールのある中之島フェスティバルタワ-のようです。街には予報通り雨が降り出していましたが、なんとか傘をささなくても歩ける程度の降り方でした。

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 フェスティバルホールの玄関前、イルミネーションは地下にある飲食店街へ降りる階段です。

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 生憎の雨で、テラスに座る人はありません。

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 玄関を入ると赤い絨毯が敷かれた階段が迎えてくれました。

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 2013年に立て直された現フェスティバルホール、さすがに綺麗で華やかな印象です。京都会館同様、バルコニー席も設けられて、クラシックやオペラなどにも合いそうです。

 しつこく会場内撮影禁止が叫ばれる中、監視員の目を盗んでスマホでパシャリ、慌てたせいでボケています。写真で見るとステージは遠く見えますが、席は今までで一番良くて、1階16列8番です。8番というのはやや通路寄りではあるのですが、16列はなんとSSのボックス席より二列後ろなだけでした。

 これだけ近いとオペラグラスは要らないかなと思いましたが、照明を落とし気味のステージでは、ボブ・ディランの顔をはっきり拝めなかったので使用しました。

 ボブ・ディラン、2年ぶりの来日だそうですが、コンサートツアーは実に15年振りだそうです。初来日は1978年です。その頃私は27歳で東京暮らしでした。彼の来日はけっこう騒がれていたのでコンサート、行こうか迷ったのですが、その頃のディランは、もうかつてのディラン(60年代の)ではないとか言われていて、行くのを断念した記憶があります。

 長い時間を経てみれば、彼の変貌には一貫したものがあったのでしょうが、その頃のディランにはフォーク、あるいは反体制の旗手という強烈な印象があったので、変貌も大きく取りざたされたのだと思います。

 それから約40年近くが経って、ディランは74歳になり私は64歳です。ふたたびコンサートに行くチャンスが巡ってきて、実際行けるようになるとは当時の私には想像もつかなかったことですね。

 ディランと言えば誰も思い浮かべるのが「風に吹かれて」です。私がディランを聞いていたのは初期のベスト盤だけです。「時代は変わる」「ミスター・タンバリンマン」、「ライク・ア・ローリングストーンズ」などです。彼がこの40年近く、どのように活動してきたかほとんど知らないのです。

 案の定、コンサートで歌われた曲はなじみのないものばかりでした。照明を落としたステージには、思ったより小柄なディランが帽子を被って立っています。彼は足を少しはじかって歌います。間奏の間には、時々屈伸する動作を交えたりしていました。声はしゃがれていて、歌い方はひどくぶっきらぼうです。

 満員の観客はダイアナ・クラールの時に比べると熱狂的でした。時々、バラード曲などでは拍手が起こり声がかかるので有名な曲なのでしょうが、私には判りませんでした。

 それどころかシンガーソングライターの曲の常、皆同じように聞こえてしまいます。フォーク調、ロック調、カントリー調、彼の音楽はいろんなジャンルが混在しているようです。

 ひどく硬派なコンサートでした。MCは一切なく、ただ彼は次から次へと淡々と歌い続けるだけでした。一度だけ彼が放った言葉がありました。一回目のステージの終わり、休憩に入る前に彼は日本語で「皆さん、ありがとう」と言ってステージ裾に下がりました。

 席が良かったせいか、さすがフェスティバルホール、音は良かったですね。ディランのバックバンド、かなり演奏の質も高かった気がします。

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 19時から始まって、21時になろうとしていました。そろそろステージも終わりに近づいているなぁと思った頃、おや、と思う曲が歌われました。なんと大スタンダードナンバーの「枯葉」です。いつもぶっきらぼうで言葉を吐き捨てるように歌うディランですが、「枯葉」を歌う彼の声は暖かく優しかったですね。

 「枯葉」が最後の曲になりました。割れんばかりの拍手に呼び戻されて歌われたアンコールは二曲でした。なんとその中に「風に吹かれて」があったのだそうです。ただ、アレンジがきつくて、元のイメージは全然残っていなかったそうで、私も全然気づきませんでした。

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 フェスティバルホールの窓から見下ろした雨の交差点

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 ホール内のおしゃれなロビー

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 コンサートが終わると中之島の夜はすっかり更けていました。

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 ダイアナ・クラールから始まったコンサート、井上陽水のコンサートに行ったとき、陽水もダイアナ・クラールのコンサートに行っていたことを知りました。そして、ダイアナ・クラールのツアーの名前はボブ・ディランの曲「WallFlower」でした。ディランが今回のコンサートで「WallFlower」を歌ってくれたら見事に繋がったのですが、さすがにそうは問屋が下ろしてくれませんでした。

 コンサート、私にしては珍しく続きましたがたまにはいいものですね。都会の夜、コンサート会場の華やかな雰囲気も、田舎暮らしの長い私には新鮮でした。

 今回、フェスティバルホールで生演奏を聴いて(もちろんPAは入ってますが)、自分の部屋のオーディオの音に少し疑問を持ちました。それで帰ってから少しだけオーディオ装置に手を加えましたが、その話はまた次の機会にしたいと思います。




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