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浦島そらへい東京を行く~東中野編 [旅]

 午後2時頃だったでしょうか、ようやくと言うべきか名残惜しいと言うべきか、賑やかで元気な同級生たちと東京駅で別れました。はやる気持ちを抑えて、撮り損なうといけないので、まずはリニューアルなった東京駅を記念撮影するため丸の内側へ出ました。

_DSC0231-001.JPG以前の東京駅がどんなだったかあまり記憶がありません。いつも工事中でレンガの建物の一部しか見かけなかったような気がします。私がいた当時は丸の内と言えばオフィス街一辺倒だったので丸の内は縁のない所でした。ただ、八角形のドーム天井は見上げた記憶があります。もちろん、こんなに明るく綺麗ではなく、もっと暗くくすんでいたと思います。

_DSC0239.JPG

 お上りさん丸出しの写真を撮り終えていよいよ中央線快速です。昔の中央線というと車体はオレンジ一色でした。今は銀色ボディにオレンジのラインが入っています。連休中の東京駅の混雑に比べると中央線の車内は思ったより空いていました。

2015-09-23 14.12.54.jpg

 昔より広くなったように感じる車内はいつもながら様々な人たちが思い思いの格好で乗っています。座ろうと思えば座れたのに車窓の景色見たさにつり革にぶら下がっていると、私のそばで開催されたばかりのモネ展の話をしている男女がいました。

 中央線や山手線に乗って、老若男女入り交じった乗客を見回していると、昔、あの中に僕がいたのだ、と東京に来るたびに思ったものですが、今回は時間が経ちすぎていてそんな感慨も湧いてきません。

 今夜の宿は西新宿です。荷物を預けたいのですがチェックインには間がありますし、駅から少し距離があるホテルなのでどうしようか迷いました。新宿に降りてしまうとまた、そこで時間を食ってしまうような気がしました。

 車内アナウンスが中央線快速は、休日のため、高円寺、阿佐ヶ谷、西荻窪には止まりませんと言っています。そう言えばそうでした。もうすっかり忘れています。

 忘れていると言えば、もう一つ、新宿駅で鈍行の総武線に乗り換える時、総武線のホームがなかなか見つかりません。コンコースを端まで歩いてやっと見つけたとき、新宿駅では、快速の中央線と鈍行の総武線のホームが端から端に離れていたことを思い出しました。

 久しぶりの東京です。細かいところまでたどれば、行きたい所は数限りなくあるのですが、時間は限られています。今回は中央線沿線だけに絞ることにしました。

 まず総武線に乗り換えて、中央線沿い一番最初に住んだ東中野に降り立つことにしました。かつての東中野駅は何もないただの木造跨線橋上駅で中野(西口)よりと新宿(東口)よりに改札があり、改札を出てからそれぞれ北と南に出口階段がありました。住んでいたアパートは東口北側だったのでまずそちらに降りました。

2015-09-23 14.44.17.jpg東口の改札を出たところです。今は皆自動改札ですね。自動改札が進んだのは関西の方が早かったような気がします。私は関西なのでJRのICカードはSUICAではなくICOCAですが、SUICAエリアでも問題なく使えました。東京での移動、いちいち切符を買ったり小銭の用意をしなくて済むのでずいぶん助かりました。

 約20年ほど前来たときはまだここまで便利になっていなかったと思います。この20年の間にパソコンはどんどん進化し、携帯やスマホなどが普及してずいぶんいろいろな事が変わりました。

2015-09-23 14.44.11.jpg東口改札を出たところに駅カフェです。以前、この場所は定期券などを購入する駅事務所でした。その右手のポスター掲示版に、石川さゆりさんデビュー間もない頃の顔を大きくクローズアップしたモノクロ写真のポスターが掲示されていたのを鮮明に覚えています。彼女はまだショートカットで演歌を歌う前か、歌っていても洋装で歌っていた頃です。犯罪撲滅か何かのキャンペーンのポスターだったと思います。

2015-09-23 14.45.09.jpg東口北側に降り立った所です。並んでいる店はすっかり変わっていますが通りの雰囲気は昔とさほど変わっていません。画面の右手が坂になっていて、下の道路沿いに有名な結婚式場、日本閣が今もあります。私がかつて住んでいたアパートは写真の道を道なりに左に曲がっていきます。

2015-09-23 14.45.41.jpgみどり書房、そんな名前だったでしょうか。アパートから一番近い書店で、時々スイングジャーナルなどを買いに行ってました。昔はよくあった駅前数坪の小さな書店で、おじさんが一人で店を切り盛りしていました。

 今回どこの街を歩いても、このように駅前の書店が閉鎖してシャッターを下ろして姿をよく見かけました。建替えもされず、そのまま残っているのは、坪数が小さすぎてそのままでは開発出来ないからでしょうか。時代の流れを感じさせる光景のひとつです。この書店に並んであった、中華料理店や食堂などもさすがに跡形もありません。

2015-09-23 14.45.55.jpg路地の入り口には、給料日前になるとよく利用していた安い定食屋さんがあり、奥は飲み屋さんが軒を並べていました。当時よく遊んだhataさんとこの路地の中のお店で飲んだことなどを思い出します。

 信号機のある最初の交差点を左に曲がった所に私のアパートはありました。まっすぐ行くと地下鉄東西線落合駅、もっと行くと西武線の中井駅などがあります。私はせっかくアクセスのよい東中野駅前にアパートを構えたのに、勤め先は日本橋だったので、わざわざ遠い地下鉄東西線の落合駅まで毎日歩いたのでした。

2015-09-23 14.51.35.jpgこの道を行くと地下に東西線が走っている早稲田通りにぶつかります。

2015-09-23 14.51.16.jpg写真は交差点をアパートのあった路地に入ったところです。振り返った交差点は信号機のある交差点なのですが、その昔、この交差点で盆踊りが催されていたのを覚えています。我々田舎の盆踊りよりずっと明るくて賑やかなので二重に驚いたものです。

2015-09-23 14.48.29.jpgここが私がかつて住んでいたアパートがあったところです。以前、来た時にぼろアパートはなくなって、このマンションに建替えられていることは確認済みでした。その根拠は住んでいたアパートがパール荘と言ったからです。木造から鉄筋に建替えて、荘からハイムに出世したのだと思います。

 以前は手前にアパートの大家さんが営む散髪屋さんと大家さんの宅地があり、その奥に木造二階建てのパール荘があったのですが、敷地全部利用してこのハイムパールに建替えられたようです。

2015-09-23 14.49.56.jpgお隣の銭湯は今はアクアという新しい形の総合的な銭湯になっていました。アパートの西隣に、夫婦で営むラーメン店がありましたが、今は散髪店になっていました。位置的にずれがあるのですが、大家さんの散髪店が移転したのなら代替わりしていると思います。

 アパートのお向かいは、パン屋さん、魚屋さん、八百屋さんなどが集まった小さな市場だったのですが、今は跡形もなく、代わりに住宅が何軒か建っていました。また、その横はちょっとした空き地になっていて、奥に懇意にしてもらっていたお気に入りの定食屋さんがあったのですが、そこも以前来たときはコインパーキングになっていました。さらに今は住宅に変わっています。

 かつて住んでいたアパートの近辺の変わり様の無惨さは、前回来たときに承知していたことでしたが、今回さらにその度合いを強めていることを確認しに来たようなものでした。

 次に駅の回りを歩いてみることにしました。上り坂になった線路沿いの道を山手通りに向かって歩きました。通り沿いには不動産屋さんが今でもありましたが、かつてあったレコード店はあるはずもありません。

2015-09-23 14.57.53.jpgこの建物にはかつて「あかつき書店」が入っていたと思います。当時としては広くて垢抜けたかんじのする新しい書店でした。講談社から出ていた「世界の素描」シリーズをここで揃えました。今でも私の本棚に残っています。

2015-09-23 14.58.57.jpg山手通りに面した現在の東中野駅の表玄関です。昔はちょっとした自転車置き場と改札、それに何か小さなお店があったように思います。今は駅前にロータリーができ、立派なビルが建って様変わりですね。しかも今は都営大江戸線が乗り入れしているそうです。

2015-09-23 14.59.56.jpg山手通りを挟んで駅の反対側です。ファミリーマートのあるところだったか、その隣のビルのあたりだったか、今はほとんど面影がありませんが、そのあたりにアルバイトをした書店、青林堂がありました。

 数ヶ月のアルバイトでしたが、銀行を辞め書店勤めしていたogawaさんと親しくさせていただきました。アメリカに料理修業に行っている息子さんと私が同じ歳ということで何かと可愛がっていただきましたが、引っ越して疎遠になったまま、私が在京中に亡くなられたと風の便りに聞きました。

 また、ここのお店にはロシア人の娘さんがいて、てっきり留学生だと思っていたら、書店あるじの老夫婦の娘さんと聞いて驚きました。訳があって、孤児だったのを老夫婦が引きとって育てられていると聞きました。歳は私より下でしたが、西洋の血を引いているので大柄で綺麗な子でしたね。

 駅の南側はあまりなじみがないのですが、線路沿いに当時でもかなり古いたたずまいのコーヒー店があり、白い割烹着を着た年配の女性が営んでいました。一度しか行ったことがなかったのですが印象的なお店でしたね。

 また、線路沿い南側のビルの中に今はなきFR(フィデリティ・リサーチ)のビルがありました。何気なく歩いていて偶然見つけて、嬉しくなり何度もその建物の周りをうろついた覚えがあります。カートリッジのひとつくらい落ちているのじゃないかと。

 東中野にはそれこそここでは書き切れないほどいろいろな思い出があるのですが、ちょっと不思議なエピソードがひとつあります。先ほどの東口北側を降りて、右手の方に行くと、日本閣に面する道路へ降りる階段があると言いましたが、その途中に当時煙草の自販機がありました。

 ある日のこと、私は駅を降りてアパートに帰る途中、煙草を買おうと自販機の方へ行きました。私の前に先客があり、一人の女の人が自販機の前に立って操作していました。私は後ろというか傍らで待っていました。

 彼女が操作を終え、取り出し口から煙草を取り出したので、歩を進めようとすると、急にその女性が振り返って、「はい」と言って私に煙草ケース一個差し出しました。

 意味が分からずぽかんとしていると、彼女はほほえみながら、「いるんでしょ」と言って、私に向かって煙草を更に差し出します。私は曖昧に頷いて彼女から煙草を受け取りました。煙草を渡すと彼女はさっさと下りになった道を降りていきました。

 見ず知らず、行きずりの女性に煙草をもらったのも驚きのひとつでしたが、さらに驚いたのが私に向かって「はい」と煙草を差し出し「いるんでしょ」と言ってほほえんだ女性の顔が天地真理に似ていたのです。

 もっとも時刻は夕方でしたし、彼女は帽子のような物を被っていたと思います。まさかと思いますし、有名人に似た格好や化粧をする人はいますので私は他人のそら似と思っていました。

 今回、東中野編を書くに当たって、このエピソードを思い出したので、「東中野」、「天地真理」で検索してみると、昭和56年、女性セブンの記者が当時、天地真理の母親が東中野駅前のマンションに住んでいて、訪ねてきた天地真理にインタビューしたという記事にぶつかりました。時期的にはぴたりと符合しますが、果たしてあの女性は本当に天地真理だったのでしょうか。  


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kurakichi

本当の天地真理だった そう信じましょう。
良い思い出ですね。
by kurakichi (2015-10-08 22:14) 

himanaoyaji

私も東京にはしばらくいましたが、こんな良い思い出は無いですね、
ただ、横浜、東京の夜景写真、 鎌倉散策はもう一度やりたいです。
q(^_^)p
by himanaoyaji (2015-10-09 05:50) 

takenoko

昔住んでいた辺りをぶらつくのもいいですね。私も学生時代住んでいた西宮に行きたくなりました。 あ!自動改札は阪急電車が1番だったような気がします。
by takenoko (2015-10-09 05:50) 

たいへー

当時の女性アイドルが煙草を吸っていた・・・
かなりのスクープになったでしょうねぇ。^^
by たいへー (2015-10-09 06:55) 

ケンタパパ

昔の面影を探しながら馴染みのあった場所を散策するのは楽しいですね。
私も、3年間住んでいた京都をまた訪れたいと思っています。
阪急電車、桂川、先斗町、以前の職場周辺の美味しいお店、等々

by ケンタパパ (2015-10-09 08:42) 

yoriko

東京に住んでいられたときの記憶が素晴らしいです
それだけ思い出が多かったと言う事なのでしょうね
東京はお好きでしたか?


by yoriko (2015-10-09 17:28) 

プリウス

そらへいさん、こんばんは!!

楽しく拝読させていただきました!!

大学も地元、就職も地元の私にとって、アパート暮らしの思い出話は

とても楽しく感じました。


天地真理さんが出てくるとは思いませんでしたが、きっと”ご本人”だと思います!!
・・・当時の可愛らしい天地真理さんのそっくりさんなんて考えられません!!
by プリウス (2015-10-09 19:25) 

ぼんぼちぼちぼち

東中野、変わりやしたよね~
尤も、あっしはそらへいさんが住んでおられた頃の東中野は知らないのでやすがf(◎o◎)
ムーンロードは東中野の中では、いまだに遺っている唯一のディープスポットでやすね。
by ぼんぼちぼちぼち (2015-10-09 19:58) 

song4u

自分史探訪の旅ですね。
ぼくも2年ぐらい前かなあ、子供の頃住んでた地区に久しぶりに行って
自分史をちょびっとだけ探訪して来ました。

ひたすら懐かしさに浸りました。
ちょっとした路地、道の曲がり角に、簡単に半世紀の時が戻りました。
何かをほんの少し思い出すと、芋づる式に多くのことが思い起こされました。

天地真理の人気は絶大でしたね。
確か「白雪姫」だったですかね、キャッチフレーズは。
タバコの君、天地真理さんだったらいいなァ。
by song4u (2015-10-09 23:22) 

yoko-minato

私も天地真理さんだったのではと思っています。
当時の天地真理さん、とっても可愛くてあの笑顔が
素敵でしたよね。
昔住んでいた町が少し面影を残していたようで
訪ねて良かったですね。
私も中野に住んでいて2度ほど尋ねましたが
全く分からなくなっていました。
お世話になった書店のおじいさんにとても可愛がって
頂いたこと、忘れません。
by yoko-minato (2015-10-10 07:49) 

そらへい

kurakichiさん
こんばんは

kurakichiさんをまねして、懐かしい街を
自分の記憶をたどりながら歩いてみました。
記憶というのは、あまり古くなると
幻のように思えてくるものですね。
by そらへい (2015-10-10 21:07) 

そらへい

himanaoyajiさん
こんばんは

せっかく東京に長い間いたのに
横浜も鎌倉もほとんど行っていませんでした。
鎌倉はカメラを持って、是非とも行ってみたい所のひとつですね。
by そらへい (2015-10-10 21:11) 

そらへい

takenokoさん
こんばんは

中山道歩きの次は、西宮を訪ねてですね。
東京からこちらに帰ってきたとき、
まだ東京は自動改札があまり進んでいなかったのに
関西ではかなり導入されていたような記憶があります。
昭和55年頃のことです。
by そらへい (2015-10-10 21:17) 

そらへい

たいへーさん
こんばんは

当時も今も、清純派アイドルが煙草を吸っているというのは
ぎゃくに大いに可能性ありそうですよね。
私は何かで天地真理さんが、喫煙していたと
確認した記憶があるような気がするのですが、定かではありません。
by そらへい (2015-10-10 21:19) 

そらへい

ケンタパパさん
こんばんは

京都にお住まいでしたか。
当たり前の事ですが、何処でも人の営みはあるので
京都も変化の例外ではないですね。
とくに木造の町屋が減って、鉄筋のマンションが多くなってきました。
by そらへい (2015-10-10 21:28) 

そらへい

yorikoさん
こんばんは

古い記憶は何度も反芻するので覚えているのですが、
昨日のことをすぐに忘れてしまって、いつも妻に叱られています(笑)
二〇代のほとんどを東京で過ごしたので
好き嫌いを越えて、東京は私の二〇代そのものですね。
by そらへい (2015-10-10 21:30) 

そらへい

プリウスさん
こんばんは

アパート暮らしの思いでは、もっと生々しくて
なかなかブログネタには出来にくいですね。

天地真理さん、話題ついでにYouTubeの動画を
貼り付けようかと思いましたが、
どうも我がブログには違和感があって辞めました。
ところで今回調べてみて、天地真理さん、私と同じ歳だと知りました。
見かけた女性も、かわいらしいアイドルと言うより
天地真理に似た普通の女性でしたね。
by そらへい (2015-10-10 21:36) 

そらへい

ぼんぼちぼちぼちさん
こんばんは

何処の街でもそうですが、通りは昔のままのところが多いですね。
ただ、その左右に並ぶ、建物やお店がすっかり様変わりしています。
そんな中、確かにムーンロードは昔ながらの雰囲気を
残していましたね。
by そらへい (2015-10-10 21:39) 

そらへい

song4uさん
こんばんは

自分史探訪の旅と言うほどたいそうな物ではありませんが
確かに、頼りなくなってきている自分の記憶を確かめに行った
と言うような所はありますね。
自分の中で、記憶が曖昧になったりなくなったりすると言うことは
それだけ自分の生きた証が消えてなくなると言うことですからね。

それにしても、なぜ行きずりの私に煙草をくれたのか
分からないのです。
銘柄を間違えて買ったから、私があまりに貧相に見えたから・・・
いろいろ憶測はあるのですが
もし、本当にあの女性が天地真理さんだったら、
もう少し明確な理由が考えられるような気がします。
by そらへい (2015-10-10 21:45) 

そらへい

yoko-minatoさん
こんばんは

中野にお住まいでしたか。
東中野のお隣ですね。
中野は暮らしてはいませんが、よく遊びに行った所です。
次回の投稿は中野の予定です。
ひょっとすると、どこかでリンクすることがあるかも知れませんね。

煙草をくれた女性、皆さんに言われて、
だんだん天地真理だったような気がしてきました。
ただ、アイドルの天地真理さんに比べると大柄だったような気もします。
歳も私と同じ年より少し上に感じたような・・・
by そらへい (2015-10-10 21:54) 

タックン

東京は日々変化し続ける街ですね。
そらへいさんの青春東京物語(^^)の思い出の場所
少しでも見つけられてよかったですね。
私も若い頃住んでいた西荻窪を訪ねたことがありましたが
ずいぶんと変わっていました。
by タックン (2015-10-11 12:07) 

そらへい

タックンさん
こんばんは

西荻窪にお住まいでしたか。
私も西荻には4年ほど住んでいましたよ。
北口2年、南口2年ほどです。
今回ももちろん、行ってきました。
年代が分かりませんが
どこかですれ違っていたかもですね。
by そらへい (2015-10-11 17:58) 

しばちゃん2cv

楽しいお話ありがとうございました。
住んでいた街が替わってしまうのはちょっと寂しいですね。
特に東京は変わるのが早いですから。
ところで、天地真理さん、最近フェイスブックの記事で見ましたが、東京の街を超えるような変わりようでびっくりしました。

by しばちゃん2cv (2015-10-12 10:53) 

そらへい

しばちゃん2cvさん
こんばんは

昔でも、東京はしばらく行かないと街が変わっていると言われましたから
40年も経てば、ほとんど跡形なしですね。
昔の痕跡を何とか見つけようと、考古学者の様な気持ちで歩いてました。
清純派アイドルでデビューしただけで、その落差、取りざたされていますね。
普通はファンの期待を裏切らないように、あるいは自身何時までもアイドルでいたいと努力されているのですが、彼女は希有な存在のようです。
by そらへい (2015-10-13 19:43) 

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